T house renovation 中古住宅との協奏

奈良県斑鳩町にある敷地は、小高い丘の三室山を大和川の支流である竜田川によって削り取られ、川に囲まれ自然豊かで長閑な場所にある。
昔ながらの瓦屋根の佇まいが建ち並び、趣深さや歴史を感じられる地域ではあるが、所々でミニ開発が行われ、数年後には大きく景色が変わってしまいそうな危うさも感じる場所だ。

–中古住宅との出会い–

土地探しからのご依頼で、当時は新築住宅を建てるための土地を探していたが、なかなか思う土地が見つからずにいた時、長らく空き家になっていたこの建物と出会った。築40年のこの中古住宅は、空き家を感じさせないほどの生命力があった。丁寧に造られていたこと、そして丁寧にお住まいになられていたことが建物を介して伝わってきた。そんな中古住宅に魅せられて、クライアントは自らここを選択した。旗竿型の敷地形状で道路からのアプローチは狭いが、敷地も建物も広さが十分にあったため、予算の関係からも1階のみを住居兼ネイルサロンにリノベーションすることとした。

既存住居は田の字型を基本とした南向きの間取りで、仏間のある和室は、冠婚葬祭ができる設えとなっていた。昭和50年ごろまでに、大工によって建てられた住宅に多く、日本全国で見受けられる典型的な形式である。メインの玄関は来客用で、日常的に家族は裏側にあるお勝手から出入りする。日当たりの良い田の字の4間は日常的には使わず、あくまでも来客用で、家族は北側にある台所とその南にある応接間を生活の場としていた。

このように住宅の中にパブリックとプライベートの領域がはっきりと区分けされ、パブリックは表に、プライベートは裏へと配置されていた。日当たりや向きだけでなく、装飾や柱などの構造材までもパブリックが上位になるヒエラルキーがあり、パブリックに主眼をおいて造られていた。時代と共に、核家族化や地域の高齢化、業者の出現などにより冠婚葬祭を家で行わなくなると、4間の田の字形式はしだいに消えて行き、核家族中心の小さな都市型住居が増え始め、家族の生活の場を中心とした間取りへと変化する。

この計画では、そのような表にあるパブリックな田の字空間に、裏にしかなかった家族のためのプライベート空間を移動させることで、パブリックとプライベートを逆転させ、家族の暮らしに主眼をおいた住居を再構築することとした。

–残すものと残さないもの、新しく加えたもの–

既存建物のパブリックゾーンにある装飾や高価な構造材は、素の材料で設えられ、これからの長い時間軸にも耐えられ、既存建物が大切にして来たものと捉え、残すこととした。それはつまり、田の字の間取りを形成している敷居や鴨居も残すこととなる。大きな一室空間は、田の字のラインにより4つのエリアに緩やかに分けたり、繋げる役割を果たす。また、敷居や鴨居は、鳥居効果によって、単なる1室空間とは違い、空間の連続性が東西にも南北にも生まれた。

既存建物の中でもそれほど良質では無い仕上げ材、つまり当時の新素材は経年劣化もあり、色落ちや腐食もあったので、取っ払い、柱や梁を現しとすることで、付け加えることなく、空間を構築した。そして、ネイルサロンの中には、新しい機能としての空間に飾り棚を加えることになったが、既存建物のもっとも丁寧に設えられた床の間や違い棚との背景の柄を合わせる事で、残したものと新しく加えたものとを繋げることとした。

パブリック空間だった表の場にプライベートな家族の暮らしがくることで、外部と内部との関係が緩やかに繋がり、それは、地域と家族との関係もつなぐこととなる。単なる表裏の逆転だけでは無い広がりやつながりのある住宅を再構築することができた。